| 身体の続く限り、やって見たいですねぇ・・・。 |
| まず初めに |
| 私が「おたく」 「マニア」と呼ばれるようになって、かれこれ20数年になりますが、 最初はアニメの人でした。 ご多分に漏れず、どうぶつ宝島、ホルスの大冒険で転んだくちです(笑)。 それが、いつのまにやら「特撮」の人になってしまいました。 それも、かなり濃い(苦笑)。 濃いと言っても、何も戦隊物を年表代わりにしている訳でもなく、 好きな役者さんを、どんどん追いかけてるわけでもない。 ただヒーローが好きで、ロボットが好きで・・・無論、ヒロインも大好きですが(笑)。 そして何より殺陣の美しさに惚れてしまったのでした。 TVでは、カット割り等でスピーディーに美しく見せて行くのは当然なのですが, そのTVのヒーローを「生」で見せて行く、アトラクションの殺陣の美しさ・・・。 実際に小細工無しで見せて行く、一発勝負の美しさ(笑)。 それに気づいた時は、すでに私はアトラクに どっぷりでした(大笑)。 それからと言うもの、どんな小さなショーでも見に行く様にしました。 無論、東京の某遊園地のジェットコースター ( 今は違いますけど・・・ ) の前で行なわれるTVに最も近いアトラクショーも,何度も見せていただきました。 そんなある時、とあるSF大会の舞台で一人の「漢」に出会うのでした。 続く(苦笑)。・・・・すんません。続きます。 |
| さあ、やっと続きです |
| とある、SF大会の舞台に出てきた「漢」の人は、飛び入りだったそうです。 彼は舞台の中央に立つや否や、次々とヒーローの見栄を切っていったのです。 その動きの精細な事、ただのアトラク野郎とは 明らかに違っていました。 当然、場内の割れんばかりの大拍手に送られ、舞台を降りて行きました。 彼の名を「大迫 純一」と言いました。 その時は、憧れでしかなかった彼と 現在、友達としてお付き合いさせていただいているのは、 大変、不思議な「縁」で結ばれていたからなのです。 まるでタウン・ページのCMじゃないけど 「つながってる」 のでした(笑)。 |
| それは、QーCONで始まった。 |
| 今から,かれこれ二十年くらい前。久々に熊本でQーCONが復活し、 QーCON2が福岡で開催されることが決まった時の事でした。 当時、私が参加させてもらっていたSFサークルも、QーCON2に参加が決定。 色々と準備に追われる仲間達・・・一人 のほほーんと(笑)してた私に 昔からの腐れ縁、ガメラー将軍が、声をかけてきたのです。 「あにじゃ、多少は動けるよねぇ。」 私、「・・・はぁ ?? 」 彼の話はこうである。実は今大会でアトラクをやることになったのだが、 怪人役になるはずだった人に、着ぐるみが合わない。つまり大きくて着れないらしいのである(笑)。 そこで細身でオタクで多少は動けそうな私に、白羽の矢がだったらしいのです。 突然の申し出だったので、困惑はしたのですが 一度はやってみたかったアトラクだったので 二つ返事でOKしました。親友の頼みでもあったしね。 「・・で、相手、誰 ? 」 「大阪でアトラクやってる人間なんだけどね。大迫純一」 ががーーーーーん ! ! !え〜〜〜〜っ、あの人とやんの ! 。ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・。 もう、頭ん中パニック(大笑)。 あんな憧れるような人の相手を、こんな興味本位の人が勤めていいのでしょうかぁ(苦笑)。 一瞬でしたが、悩みました(笑)。 しかも、大迫氏が来るのは大会前日。つまり、リハーサルは、その晩 数時間だけらしいのだ。 不安いっぱい、悩み深刻で大会前日をむかえるのでした・・・。 |
| 初めての対面 |
| いよいよ大会前日・・・。SFサークルで借りた事務所
( ただの借家ですが ) で 大会用の機材の積み込みをしてた時、 友人が「そろそろ大迫、フェリーで着く頃だから 迎えに行こか。」の声。 当時、私はそのサークルの「運ちゃん」も、やってましたので(苦笑) 友人と二人 車を飛ばしてフェリー乗り場へ・・。 フェリーが接岸、待つことしばし・・、友人がいち早く「彼」の姿を見付ける。 「おぉっ、よぉ来たなぁ・・。」と、近寄るその先に 「一般人」とは どこか違う(笑) 大迫氏が立っていました。 正直な私の第1印象。「うぁ〜っ。濃い人。」(爆笑) どう見ても、他の乗客の方に溶け込んで無いんですよねぇ・・・。 未だに どこの場所で彼を出迎えても、そうなんですけどね(苦笑)。 んで、車内で うんぬんかんぬん 一通りの挨拶を済ませ、 アトラクよろしくお願いしますみたいな会話でその場は終了。 でも、心臓バクバク(笑) うーどうしよう・・・・オレ本当に出来るんだろうか。 会ったとたんに自信喪失(笑)。 それからは、これと言った話もせず 大迫氏は友人と打ち合わせに、私は搬入用の荷物の準備に それぞれ散ったのでした。 あわただしく大会準備を済ませ、アトラクのリハーサルを迎えたのは真夜中の事でした。 |
| リハーサル |
| それは、真夜中に始まりました。 私が、八幡西区〜唐津を機材運搬で往復を続けていた事もあって、この時間しかリハーサルに 割けなかったのです。 旅芸人が芝居をするくらいの広さの舞台。後ろに緞帳方式で変えられる背景。 後日、これが力を発揮するのですが・・・。 まずは大迫氏、私、ガメラー将軍、戦闘員3人の顔見せ。戦闘員は学生さん。 無論、アトラク未経験者。 私も基本は知っていましたが、そんなに場数を踏んでたわけでもないので、 大迫氏は、素人集団を相手にすることとなったのでした(苦笑)。大変だったろうなぁ。 まず、戦闘員の立ち方、動きを 一つ一つ指導して行く。 私とガメラーも、知りうる限りの事を助言していきました。 大迫氏の殺陣の「割り振り」は聞いてると面白いです。 「そっちから、ドオ〜ン、パンパン。」擬音の嵐です(笑)。 ちなみに、このドオ〜ンは「オ」の字だけ音が高めで後は同じ音(苦笑)。 目は真剣。でも、相手は見ていない。意識は頭の中で「流れ」を考えている。 常に立ち位置を把握、殺陣に澱みを作らない。さすがである。 |
| 決戦前夜 |
| 一通りの殺陣も終わり、「じゃあ、後は各自で
おさらい しといてね。」って事になりまして、 学徒3人は、それぞれ練習に、大迫氏とガメラー将軍は、いずこへと ・・・ 私は、もう一度 残りの機材を取りに北九州へ帰る事にしました・・・夜中に ( 苦笑 )。 北九州の事務所に帰りついたのは、丑三つ前。 留守番に残しておいたR・中村一郎 ( 仮名 )と一夜を共にし ( イヤン ) 、 翌朝、機材とR・中村を乗せて いざ決戦の地へ ! ( 笑 )。 渋滞に、もまれながらも 何とか昼前に到着。ほどなく大会開催。 そこからアトラクがある夜中までは、あまりの多忙に何をしてたのか ほとんど記憶にありません ( 爆笑 )。 「館内テレビ」のためのカメラマンから、御用聞き、チャリティーオークション・・・ 気がつけば、すでに夜中 ! 。アトラク前の「SFっ子のど自慢」が始まっていましたっけ。 |
| いざ ! 闘いの場へ ! ! |
| この「SFっ子のど自慢」とは、我らが野田昌弘大元帥が 「ちびっこ のど自慢」のプロデューサーをされていた事から命名し企画した 今で言う「カラオケ大会・SF大会バージョン」なのでありました。 当然、歌も「その手」ばかりで ウケが悪いと、会場にあらかじめ用意されていた「紙の玉」が、雨霰と飛んでくると言う ( 苦笑 )。 その終わりがけに、会場を乗っ取った !と言う形でアトラクに突入するのです。 時間的に「頃合い」を見て、着替えて準備。 大迫氏と私は上手、ガメラー将軍と戦闘員達は下手で待機する事しばし・・・。 待てど暮らせど、係の者が呼びに来ない・・・? ? ? 。 大迫氏は、気合を入れるために「自分の世界」に入ってるし・・・。 着ぐるみの暑さと格闘してると、ガメラー将軍がやって来て 「大元帥のお戯れ」で30分ほど押してるとの事 ( 苦笑 )。 それを聞くや、大迫氏は控え室へ退去。 ( 実は大迫氏が着ていた自作のスーツは、大変通気性が悪く { 通気性ゼロとの噂 } ほとんど「ウルト○マン」状態であったらしい。 ) 私はアーマー ( 胸の部分 ) を外して、その場で待機する事にした。 クーラーの効かない上手の部屋で、頭クラクラしながら待つ事 数十分。 「そろそろ大丈夫。」との進行の連絡を受け、私は大迫氏の控え室へ。 「よし、いこか。」の純ちゃんの声の元、も一度「気合」を入れなおし 各人の場所で待機。 司会者の ( 実はR・中村 ) 「きっかけ」から効果音、ガメラー将軍と戦闘員 出陣 ! いざ、記念すべきアトラクの始まり 始まり。 |
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